誰かこの手を取って。 一人では怖いから、そばにいて。 そう誰かに伝えることが出来たら、どれだけ楽になれるんだろう。そんな口に出すことすら叶わない想いを、ずっと胸に秘めて自分は一人暗闇の中に立っていた。このままではいけないのだと、分かっていても自分ではどうにも出来ない。どうすれば自分が助かるのか、それすらも分からない。 ただ、あてもなく暗闇の中を彷徨い、今日も自分は手を伸ばす。この手を取ってくれる人なんていないのに。 そして、雨は今日も止まない。 「お願い真奈美ッ! 私ちょっと購買にお昼ご飯買いに行ってくるから、代わりにこのボールの片づけしといてくれない?」 「えっ?」 四限目。体育の授業を終えて教室へ戻ろうとしていた私──藤森真奈美の足を引き留めたのは、友人である頼子だった。そして大げさなまでにパンッと手を合わせて、彼女は私に向かって懇願してくる。 「お願いお願い! 私今日お昼ご飯忘れてきちゃったの! ほら早く行かないとパン全部売り切れちゃうし、ね、ね?」 「頼子、それこの間も言ってたじゃない」 「そんなの忘れちゃったよ! ほんとにお願い! お願いお願い!」 どうしよう。とっさに思ったのはそれだった。 私は今日片づけの当番じゃないのだ。それに私が当番の時、頼子は手伝ってくれないのに。そう思ったが友人の頼みとなれば断りづらいものだ。私は一つ息を吐いて苦笑した。 「もー、しょうがないなぁ。じゃあ私にも何かパン一つ奢ってくれる?」 「オッケー! やった真奈美ありがとっ。じゃあまた後でね!」 毎度のことながら必死でお願いしてくる頼子に根負けして、私はこの体育館に散らばったボールの後片づけを引き受けた。片づけ自体はそこまで時間がかかる作業でもないのだが、やっぱり一人でこれを全部するというのは面倒くさいものだ。みんな、自分で使ったボールは自分で片づけてもらいたいものである。 足元に転がっていたボールを手にとって、私はさらに一つ溜息を吐いた。 「あれ? 藤森?」 丁度そんな時ガチャッと体育教官室へのドアが開いて、その音に小さく肩を揺らし私は振り返った。 そこから出てきたのはクラスメイトの唯君で、彼の後ろからは、さらに同じくクラスメイトの北川君もいる。唯君は目を丸くして私を見つめていた。 桜川唯君。私のクラスの級長をやっている、爽やかな雰囲気をもつ男の子。身長が女の子並みに小さくて小柄だけど、その少し幼い造作の顔には笑顔がすごく似合っていた。一緒に話してても楽しいし、すごく優しいからみんなから好かれている。それに頭も良いし、運動神経も良いし、とにかく何をやっても目立つ人で、「こんな人ってやっぱりいるものなんだなぁ」と高校で初めて彼と出会った時に思ったのだ。 そんな私ももちろん、友達として彼が好きだった。というよりも、「憧れている」といった方が正しいかもしれない。 唯君は、いつものようにニコッと笑みを零している。いつ見ても愛想の良さそうな可愛い微笑みだと思う。唯君の笑った顔が私は大好きだ。 「今日は小島が道具片づけじゃなかったっけ? なんで藤森が残ってるの?」 小島っていうのは、さっき私にボールの片づけを頼んだ小島頼子のことだ。流石はクラスの級長、体育の片付け当番が誰なのかもよく把握しているようである。周りに散らばっていたボールをいくつか拾ってかごへ入れながら、私は口を尖らせた。 「頼子はちょっと用事があるって言うから、私が代わったの」 「あれ? この前もじゃなかったっけ?」 「唯君よく知ってるね……」 「たまたまね」 まさか前回、二ヶ月くらい前にも同じことがあったのを唯君が覚えていたなんて。というか、知ってたんだ。前回も私が頼子の代わりに道具片付けしてたことを。 「小島もしょうがないヤツだな」 「いいの、今回までは私が片付けるから」 それに後で頼子、パン奢ってくれるって言ってたし。そこまでは口に出さずに、黙々と片づけを開始した私を見て唯君は何を思ってか私の頭を撫でた。ふわりと髪に触れてきた手の感覚に、ドキリとする。 「!? ゆ、唯君……っ?」 「よしよし、藤森は良いヤツだなぁ」 ボッとあからさまに顔を赤くしてしまった私を気にもせず、彼はニコニコとしていた。唯君はふざけてやっているつもりなのだろうが、彼を憧れの対象としてみている私にとっては、頭を撫でられるという行動さえも興奮して無意識に顔が熱くなってしまう。そもそも、同級生であろうと誰であろうと、割と年の近い男の子から頭を撫でてもらうなんてこと自体初めてだったわけだし。 私の頭を二・三度撫でた唯君は私の手からボールを奪うと、少し離れたところにあるかごに向かってポイッと投げた。ボールは綺麗な弧を描いて見事かごに入る。 「よし。そんな友達思いの藤森に免じて、俺と北が代わりにここ片付けるよ。藤森は教室戻んな」 「エッ? 俺も巻き添え?」 彼の隣にずっといた北川君が苦笑してそう言うと、唯君は「なんだよ」と言って腕を組む。 「さっきゴリ男の説教に付き合ってやったろ。片付け付き合えよ」 「うう……、しょーがねぇなぁ」 そういえばさっきの体育の時間、北川君が誤ってボールを体育担当のゴリ男こと守江先生の頭に当ててしまい、さらにはこけさせてしまって、ちょっとした騒ぎになったのだ。騒ぎというか、みんながあんまり笑うから先生が怒ってしまったんだけど。 そうか、それでさっき教官室から出てきたんだ。どうやらこってり怒られてきたらしい。 「そういうわけだから、ここはもういいよ藤森」 「えっ、でも……」 代わりに片付けてくれるなんて、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。 唯君は本当に優しいから、人からものを頼まれるとすぐに引き受けちゃって、級長とか委員会とか、色々仕事を掛け持ちしているのをよく知っている。だから、いくら本人が言っても本来ならば彼に甘えるのはよくないのだ。 ビックリしながらも困っていた私の心中でも察したのだろうか、唯君は爽やかに笑みを浮かべている。 「いーって。俺と北もまだやることがあるから、ついで」 「でも、なんか悪い気がする……」 「人の好意は受けるもんだよ、いいからいいから」 一体この人はどこまで人に親切なのかと私は不思議でしょうがない。唯君の優しさを前に思わず涙まで出てきそうになる。 心の中で大げさに感動しながら、私はコクリと頷いた。 「うんっ、ありがとう唯君!」 「どういたしまして」 「ほんとにありがとね!」 後で改めてお礼をしないと、そう思いながら私は彼と北川君に手を振ると体育館を後にした。 ◆ 「あっ!」 教室へ入ろうとした時、忘れ物に気づいて私は足を止めた。体育の時に汗を拭いていたタオルを、体育館に置いてきてしまったのだ。 せっかく唯君が道具片付け代わってくれたのに、これじゃあ意味がないよ。ツイてないと一人で凹みながら、うっかりしていた自分に少し嫌気を感じる瞬間だった。 でも忘れてきてしまったものは仕方がない。私は身を翻すと、走って体育館へ戻ったのだった。 ◆ 「うわ……早いなぁもう片づいてる……」 私が体育館へ戻ってきた頃には、先ほどまで体育館に散らばっていたボールが見事に全部片づかれていた。隅に置いていた自分のタオルを取って、私はすっかり綺麗になった体育館内を見回す。さっきまであんなにボールが散乱してたのに、二人ですればここまであっという間なんだろうか。 唯君に後でもう一回お礼言っておかないと。そう思いながら教室へ戻ろうと身を翻した矢先だった。それが聞こえたのは。 「?」 突然何か物音がして、私はビクッと肩を浮かせた。そこまで大きな音ではなかったけれど、でもはっきりと耳に入った音。それはすぐ傍の、体育倉庫から聞こえたようだった。 気になって、見えない糸に引かれるかのように体育倉庫へそろそろと歩み寄る。倉庫の扉は幸運にも少し開いていて、かすかながらも中の様子が見て取れそうだ。 そうしてそっと、扉の隙間から中を覗き込んだ私の目に飛び込んだもの。中にいたのは、先ほど道具の片づけを引き受けてくれた唯君と北川君だった。 「は? お前今なんつった?」 中から漏れてきた声を聞いた私は、自分の耳を疑った。 今声を発したのは間違いなく唯君だった。けれどその唯君の声は、いつものそれとはまるで別人のように聞こえたのだ。今までは割と高めの声だと思っていたけど、今のはまるで彼ではないみたい、一瞬本気で「唯君じゃない」と思ってしまうくらい、低くて、威圧感があって、そして怖かった。 「べ、別にお前を怒らせたくて言ったわけじゃ」 北川君の言葉を最後まで聞くこともなく、唯君は彼の腹部にドカッと蹴りを入れた。それを見た私は思わず反射的にギュッと瞳を閉じてしまう。今のは遊びとかでふざけてするものじゃない、かなり本気で入れられた蹴りだった。 北川君はガシャンとボール入れのかごに背中をぶつけて、床に尻餅をつく。けれど彼は何も言い返すことなく黙って唯君を見ているだけ。そんな北川君に歩み寄って、唯君は心底イライラしてるような顔ぶりで、なんの戸惑いも無く北川君の腹部をさらに強く蹴った。 「……ぅぐッ……、あ……!」 「黙れ俺に口答えすんな。そういうとこが腹立つっつってんだろ、いい加減分かれよ」 「……ッ悪ぃ、ごめ、ごめん……唯」 体育館用の固いシューズで腹部を強く蹴られて、痛くないわけがない。それでも、小さくうめき声を上げながらも北川君は唯君に必死に謝っていた。 なんなんだろう、この光景は。唯君はいつもとは別人のように怖い。私は瞳に広がるその光景をただジッと見つめていることしか出来ない。何度目を凝らして見ても、倉庫の中にいるのはやっぱり唯君と北川君だ。そして北川君に暴力を振るっているのは唯君で。 扉の隙間から中の様子を伺いながら、私の手は小刻みに少し震えていた。これは、自分が見てはいけないもののような気がして。 「ったく、イライラする」 北川君に暴力を振るったものの、それでもなお怒りが治まらないらしい唯君は、随分と不機嫌そうにしている。ムシャクシャするのか頭を少し掻いて、そのせいでいつもサラサラな彼の黒髪が少しグシャッとなった。 あんな不機嫌そうな顔も、怖い声も、なにもかもが私の知らない彼だった。あんな唯君、今まで見たことがない。 「教室戻るぞ」 一言そう言い捨てて、唯君は北川君を見もしないでにツカツカとこちらへ向かって歩いてくる。 いけない、このままでは見つかってしまうと、とっさに扉から離れたが体育館を出ることまでは到底出来なかった。扉を開いて出てきた彼は、私の存在に気がついて目を丸くする。 「……あ、唯、君……」 「……藤森」 「その……タオル忘れて来ちゃったから、戻って……きて……」 まともに声が出てきてくれない。震えている自分の声は、明らかに唯君の顔を見て動揺している印だった。さらには冷や汗までかいて、これでは一部始終見てましたと言わんばかりだ。 「ふーん、そう」 私が言ったことに対してクスッと無邪気に笑う彼は、私の知ってる「唯君」の顔だ。微笑みも、雰囲気も、口調も、なにもかもが私の知ってる彼。けれどもさっきの光景を見てしまった私にとっては、そんな彼の姿さえもどこか「嘘臭い」と感じてしまう。 その私の心境に、唯君の方も気づいているだろう。だから、私に近づいてくるのだ。 「でも、それだけじゃないよね」 どこか余裕のある瞳をして、彼はゾッとするほどの微笑みを私に向けてこちらへ歩み寄ってくる。その様子が怖くて、これ以上私に近づかないでほしいと心底思った。今の彼とは関わりたくない。 けれどそう思った私の意志とは裏腹に、唯君はその足を止めようとはしない。私はそこから動くことが出来なかった、まるで蛇に睨まれた蛙のように、そこから動けなかった。唯君はクスクスと面白そうに笑って、私を見つめる。 「もーやだなぁ見ちゃったんだ。覗きなんて案外やらしーことするんだね」 「ち、違う……」 「何が違うわけ? もっと詳しく話してよ。こっちでさぁ」 ぐいっと強い力で引っ張られて、私は体育倉庫に連れて行かれるや否や、壁にそのまま叩き付けられた。そこまで強くぶつけられたわけではないが、ごつっと頭を打ってしまい小さく呻いてしまう。 「……っ……」 そのまま身体が壁を滑って、ズルッと床へへたり込んだ。唯君はそんな私を見ても気にも留めない。 「北、お前は教室へ戻れ」 床に倒れてお腹を押さえていた北川君に、唯君は冷たく言い放つ。何様だと言いたくなるくらい唯君の口調や声はまるで人を見下しているようで、偉そうだ。それでも北川君は彼のそれに素直に従おうとゆっくりと身体を起こした。 「っぅ、ああ、分かっ……」 「さっさと戻れ!」 唯君の声が響いて、北川君は私に哀れむような目線を向けるとノロノロした動きで体育館を出て行った。そして彼がいなくなると、唯君はすぐに倉庫の扉を閉めて、内側から鍵を閉める。その素早い一連の作業の後、彼がゆっくりと振り返った。 その口元は、不気味なまでに笑んでいる。 「さて、どうしよっか。なぁ藤森」 ドクンドクンと、これまでにないほど胸の鼓動が早く、高くなってゆく。そして目の前に立っている彼の双眸に射られたように、私はその場から動けない。 「い、言わないよ! 言わない、絶対に言わないから……! だからっ」 声さえも震えて、この静かで冷たい、重い雰囲気に私は緊張していた。その私の口から零れた言葉の後、ハハッと面白くもないのに笑ったような乾いた笑い声が返ってきた。それは言わずもがな唯君のものだ。私の好きだったあの可愛らしい笑みではなく、酷く残酷な笑み。 「お前バカかよ、そんなん信じるわけないだろ」 「そんな……!」 「……ああそうだ、こうしよう。お前にもヒミツを作ってやればいい」 何を思いついたのか、不敵に微笑んだ唯君は次の瞬間、私の肩を掴んで床に押さえつける。 「ひっ!」 突然彼との距離が一気に縮んで、視野いっぱいに彼が広がって、私は恐怖に声を漏らした。微笑む唯君が怖い、何をしようとしてるのか分からない。私には彼が、得体の知れない何かに見えた。 「大人しくしてろ、そしたらすぐに終わらせてやる」 「やっ、やめて唯君! 唯君!」 必死に身を捩り、彼を突き放そうと必死になってなんとか彼に背を向けると四つん這いになって離れようとした。けれどもすんなりとそれを引き留められて、背後から覆い被さるように彼が再度私の身体を押さえつける。 そして急ぐように体操服の中に侵入してきた彼の冷たい手が、ブラの上から私の胸を痛いくらいに強く掴んだ。 「いっ……!」 「落ち着きのないヤツだな、大人しくしてろっつってんの。ぎゃあぎゃあ騒いで痛い目見るのはお前だよ、藤森」 「痛いっ、やめてよ、唯君……ッ……触らないでっ!」 何度も彼の名前を呼んだけど、返ってくる声は私の期待していたものとは違う冷たい声。この人はいつもの唯君とは別人だ。唯君、いつもの優しい唯君はどこへいってしまったんだろう。 今の唯君は別人だとか、本当はそんなことあり得ないのに私はそんなありもしないことを思って、抗っていた。私の知っている優しい「唯君」と、今目の前にいる「唯君」があまりにも違いすぎてついていけなかったのだ。 「いや、触らないで、……っお願いやめてよ!」 彼の手が私の短パンの中をまさぐるようにして侵入してきて、私は悲鳴にも似た声をあげた。同時にビクンッと身体が震えて鳥肌が立つ。他人の手が肌を這っている感覚が、気持ち悪くて仕方ない。 「アっ!? いやっ、唯君っ! そんなとこ……いやぁッ!」 「言ったろ、お前にもヒミツを作ってやるって」 唯君の笑った声と息が、私の耳に入ってきてゾクゾクする。彼の手はするりと下着の中へ入り、下部へ進んで陰毛を少し撫でるように愛撫し、閉ざされた秘唇へ触れる。未だかつて自分以外触れたことのない場所を初めて人に、しかも恋人でもない男の子に触れられた。 「! やっあ、いや、いや……ッ! い、君……唯君! やめて、離してっ!!」 「うるさいよ藤森、少し黙って」 呆れた口調で唯君は呟くと、私の中に挿れていた指を一本から三本に増やして、乱暴に掻き回した。 「アぁあッ!」 優しさも何も無い、感情のこもってない行為。体中をぐちゃぐちゃにされているような不快な刺激に頭がぐらぐらして、次第に気分さえも悪くなってきた。慣れない強い刺激を与えられて、糸が切れた人形のようになった私を見て彼は満足そうに笑っている。 「そうそう、そうしてればいいんだよ」 「……あ、ぅ……ッ……」 なんとなく分かってはいたけど、これからされることを理解したくなかった。無理矢理自分の中であやふやにしていたことが、彼の行動によって次第に鮮明になっていく。彼は私を犯そうとしているのだ。 空いていた片方の手でずるっと短パンを下着ごと膝まで下ろされてしまう。人に見られたくないところを露わにされることへの羞恥心に、私はより一層顔が火照っていくのを感じた。 「そんな濡れてないけど、さっさと終わらせたいみたいだから挿れるよ」 「ゆ、い……くん……」 ポロリと涙が頬を滑った。その涙の理由は、自分でも分からなかった。 背後から私の腰を掴んで、まだ受け入れることを知らない秘唇に熱い何かがあてがわれた。そしてグッと、それは力任せに入ってきたのだ。 「──っ!」 鋭い、全身に針が突き刺さったような痛みが全身を駆け巡った。今まで感じたことのない激しい痛みに悲鳴をあげようとした私の口を、とっさに唯君の手の平が当てられ、それを封じる。 彼が、私の中に這入ってきている。少しずつじゃない、乱暴に中を抉るくらい力任せに深々と。 「うわっ、きっつ……やっぱり処女かよ」 私の口元に当てられていた手をそっと放すと、唯君はそう言った。背後から犯されているため彼の顔までは見ることが出来なかったけど、きっと笑っているに違いない。そんな声をしていた。 「あ、あぁああっ、ふっ、痛……い、抜いて、抜いてよぉ……ッ、やだぁあ……!」 「お前が覗くからいけねぇんだろ、恨むなら自分を恨めよ」 「いやぁ……ッ、は、ぁ……うぐぅ……」 初めて感じた唯君のそれは、熱くて、太くて、私に痛みを与える凶器のようなものだった。その凶器が、今私の中を好き勝手に蹂躙して荒らしていく。 「いっ、あぁ……! ……んッ、んんぅ……」 荒々しい、自分のことしか考えていないような容赦ない突き上げ。それを幾度も繰り返しているうちに、ピッとなにかが切れたような、そんな感じがしたかと思えば更に激痛が下部を襲う。目をこれ以上ないくらい大きく見開いて、痛みに全身が強ばった。 「いあッ、あ、あ……ひあぁアアッ……?」 「んだよ、切れたのか? ……まぁいいけど」 呆れたようにぼやいた彼だけど、なにか抜き差しが楽になったように、急に動きが早くなった。けれども私には激しい痛みしか感じられない。 「やあああっ……く、ん……唯……く……ッ……!」 痛くてたまらない。何度でも謝るから、許して欲しい。もう止めてもらいたかった。 何度心の中でそう思って、何度口が彼の名を呼んでも、唯君は聞こえないフリをして、やめてはくれない。もういっそのことこのまま意識を失ってしまいたいのに、下部に走る痛みがそれを邪魔する。私はただただ時間が過ぎるのを待つことしか出来ないのだ。 「あっ、ぐ……ッ」 彼が内壁を強く擦り上げいく。その一定のリズムで刻まれる、痛み。 朦朧とする意識の中で、このまま私のアソコは裂けちゃうんじゃないかと思った。彼がズッズッと私の中を出入りして、そのたびに奥を強く突く痛みに、私はただ涙と涎を零していた。 それからどのくらいの時間が流れたのかは分からない。何秒、何分、何時間、何日、むしろ私には永遠のように長く感じた。 ビクビクと、身体が小さく痙攣していた。放心してその場に横たわっていた私に、ズルッと中に入っていたモノを抜いて、彼は立ち上がる。 「中出しされなかっただけ幸運だと思っとけよ」 唯君がそう言ったのと同時に、私の身体になんだか生温い感覚が広がる。ゆっくりと首を傾けて目を向けると、お腹あたりになにか濁った液体のようなものがかけられていた。手を少し動かしてそれに触れると、なんだかベトッとした気持ちの悪い感触が広がる。そしてそれには、真っ赤な血のようなものが混じっていたが、私にはそれがなんなのかすら考えられなかった。 しばらくして服を整えた彼は、ジャージのポケットから携帯を取り出して、それをなぜか私に向けている。少し頭がぼうっとしていたから僅かにしか聞こえなかったけど、なにか音がしたようだった。それも一度だけではなく、幾度か。放心状態になっていた私にはそれすらも曖昧なことだった。 「これで俺の事チクる気にはなれないだろ」 「……?」 思考が働こうとしない。彼の言った言葉は分かっていても、理解出来なかった。私はボーっとその場に横たわっている。起きあがる力さえない。 「そんじゃ藤森、また、な」 そう言った彼は、いつもの、私が知っている唯君だった。彼は意味深な言葉と共にクスリと微笑んで、倉庫を出て行ってしまった。 「……唯、君……」 まだ「続き」があることを彷彿とさせるような彼の言葉の意味も考えられずに、私はぐったりとその場に倒れたまま、愕然としていた。涙なんかもう出てこなかった。あとに残されたのは下部の鈍痛と、深く刻まれた彼の存在。 「……唯君……」 その時私は初めて、自分が暗くて長い、終わりのないトンネルのような空間にすっぽりと落とされてしまったことに気づいた。後にはもう引き返せない、トンネルの中へ。 |