第12話 ドロップシャドウ


 柊響は、誰の目から見ても一際目を引く美しい少年だった。
 色素の薄い茶色の髪の毛は日本人離れしていたし、人形のような顔立ちもどこか異国のものを思わせる。睫毛の長い黒目がちな瞳やスッと通った鼻、適度に厚い唇も、なにもかもが丁寧に作られただけではなく、計算され尽くしたかのような完璧な配置で収まっている。
 おそらくこの先、響以上に綺麗な男に出会うことはないだろう。同性の悠人でさえも素直にそう思えるほど、恐ろしい美貌を持っていた。
 しかし、そんな異常な美貌は幸よりも不幸ばかりを運んでくるようで、響の周りは常に根も葉もない噂や誹謗中傷、嫌がらせで溢れていた。向けられるのは好意だけではなく、あからさまな悪意も多かった。それらに関して響に全く落ち度が無かったわけではないけど、それでも大半は一方的な逆恨みが多かったと悠人は記憶している。
 響は容姿だけでなく頭も良くて、県内でもトップクラスの高校へ首席入学した。それが更に響を目立たせる要因となり、高校ではファンクラブなんてとんでもないものまで出来てしまい、熱烈な信者から四六時中付きまとわれて事態は悪化の一途を辿る。
 もともと寡黙で我慢強かった響だが、誰にだって限度というものがある。だからあのとき響は悠人へポロリと弱音を零したのだ。
 そしてそれがある事件の始まりだった。
 これは悠人が、梨花はおろか誰にもまだ話していない、悠人と響が高校一年の頃。
 二人がまだ高校へ入学して三ヶ月と経たない夏の話。



『もう学校になんか行かない』
 昨日学校を休んだ幼馴染を心配して悠人がメールをすると、響からはとてもシンプルな一文が返ってくる。これは実際に会って話を聞いた方が良さそうだと、悠人は早朝に響のマンションへと走った。
「おはよ。玄関まで来たから開けて」
 携帯ごしに簡潔に言うと、響はエントランスのロックを解除する。そのままマンションへと足を踏み入れた悠人は、流れるように部屋まで上がり込んだ。響の部屋へ行くのはこれが初めてではないため、もう慣れたものだ。
 響はリビングのソファに座っていた。膝を立てて、そこへ顔を埋めている。
「学校に行きたくないって、どうしたんだよ。何かあったのか?」
 悠人の声で顔をあげた響は、昨日からあまり寝ていないのか顔色が良くない。何も言わない響を見ながら「怠そうにしてても映えるとか美人はすげぇな」と、悠人は不謹慎なことを思った。
「言ってくれなきゃわかんねーよ。っていうかお前の場合は心当たりが多すぎて分かんねー。何が決定打だったわけ」
 苦笑した悠人の目に、靴下を履いていない響の足に巻かれた不自然な包帯が目に入る。
「お前その足どうした?」
「靴に画鋲が入ってただけ」
「うわ、マジかよ……」
「痛くないから大丈夫」
「そういう問題じゃないだろ」
 想像しただけで鳥肌が立って悠人は顔を歪めた。もはや嫌がらせというよりも犯罪ではないのか。それが原因かと思えば、どうやらそれで終わりではないらしく響は続けた。
「ジャージがなくなってた」
「またか。私物は毎日持ち帰れって言っただろーが……」
 教科書やノート、体操服なんて毎日持ち帰るものじゃない。けれど響の場合は私物を盗まれたり、嫌がらせで捨てられたりすることが多かったため、警戒してほぼ毎日持ち帰っていたのだ。どうやらそれをうっかり怠ってしまったところで今回盗まれたらしい。
 相手がどういう用途で盗んだのかはあまり考えたくないものである。
 ふいに気になって悠人が窓の外へと目をやると、そこにはいつも通りの光景が広がっている。いつも通りの異常な光景だ。
「毎日毎日熱心だよなー。今日もお前のこと待ってんぞ。ああいうのもお前が学校行きたくない原因なんだろ」
 マンションの前にはファンクラブの女の子が数名立っていた。言うまでもなく、響と一緒に登校するための出待ちである。
 小学校の頃のイジメや中学の時のストーカー事件も相まって、人との関わりを極力避けたがる響にとってファンクラブの存在は苦痛でしかなかった。長い間そばで見てきた悠人も響の気持ちがよく分かるため、重い溜め息をつく。
「いくら女の子とはいえ、さすがに俺も、あんな毎日それも一日中付きまとわられるのは勘弁だな……」
 リビングの静寂を破るように、携帯のコールが鳴り響いた。デフォルトのままの無機質な呼び出し音は悠人のものではなく、テーブルの上に置かれた響の携帯のものだ。最近買い換えたばかりのそれは真新しい光沢を帯びてキラキラとランプが点滅している。
「携帯鳴ってるぞ」
 悠人が言っても、響は携帯を見ようとはせず返事もしない。
「見せて」
 そう言って悠人はしつこく鳴り続ける携帯へ手を伸ばした。画面には知らない番号が羅列していて、響の知り合いかどうかも分からない。
 悠人は響に「ちょっと出るぞ」と断って通話ボタンを押した。
「もしもし」
『え? これ柊君の携帯ですよね? 誰?』
 電話の向こうから聞こえてきたのは可愛らしい女の子の声だった。相手は悠人の声を聞いてすぐに響じゃないと分かったのか少し困惑しているようだ。
「確かにこれは響の携帯だけど、あんた誰?」
『もしかして樋口君? どうして樋口君が柊君の携帯に出るの?』
「響は手が離せないみたいだから俺が代わりに出ただけ。で、あんた誰だよ」
『私はファンクラブの』
「やっぱファンクラブか」
 そう言った途端、悠人の手から携帯が消えた。ものすごい剣幕で悠人から携帯を奪った響は、躊躇なくバキッと携帯をへし折ってしまう。
 さすがの悠人もこれには驚いた。
「おい! それこのあいだ買い換えたばっかりじゃなかったか!?」
 自分の携帯でもないのに慌てる悠人を尻目に、響は真っ二つになった携帯をゴミ箱へ投げ捨てる。いつも穏やかな幼馴染からは想像もつかないほどの気性の激しさに、悠人は動揺を隠せない。
(こりゃ相当キてるな……)
 響の様子から察するに、ファンクラブの子に携帯の番号を教えた覚えはないのだろう。
「なんで教えてないのにお前の新しい携帯の番号知ってんだよ……。こえー」
 悠人は引いた。響は再びドサリとソファに座ると、先ほどと同じような体制で叫びにも近い声を上げた。
「もう全部、全部、全部嫌だ……!!」
「落ち着けって。怪我が治るまでは休めばいいし、ジャージは俺が余分に持ってるやつをやるから。携帯は、新しいの買った時に番号も変えよう。な?」
 悠人が必死で宥めると、しばらくして響も落ち着いてきたのか大人しくなった。けれどそう簡単にストレスが消えるわけもない。
 悠人は顎に手を当てると少し考えて、カーテンのかけられた窓に目を向ける。
「で、問題はあれか……。分かったよ。俺がファンクラブの会長サマに付きまとうのをやめるよう言っておくから、今日は家でゆっくり休んでろ」
 弟にやるような仕草で悠人が頭を撫でると、響は「迷惑かけてごめん」と謝った。
「いーよ気にしなくて。帰りにまた寄るわ。部活があるからちょっと遅くなるかもだけど大丈夫か?」
「うん。なんか作っておこうか?」
「いや、お前は全てを炭に変える力を持ってるからやめとけ。俺がなんか作ってやってもいいけど」
 そう言うと響はやっと笑ってみせる。
「悠人の料理、死ぬほどマズイからいらない」
 悠人はぶはっと吹き出した。
「お前が言うな! 俺だってお前の炭料理なんか食いたくねーわ!」
 少しだけいつもの調子が出てきた響に悠人はひとまず安堵する。
 弟妹がいる悠人は、昔から人の世話を焼くのには慣れている。小学生の頃から一緒にいる響は親友だが、悠人にとっては家族や兄弟と言った方がよりしっくりくる存在だった。
 だが、たまに見せる響の危ういところは弟妹以上に放っておけない。一人ではとても生きていけないほど弱いのに、誰にも頼らない矛盾した強さを持つ。響は昔からそうだった。
 だから目が離せなくて、悠人は響のそばにいる。
「じゃ、朝練あるからもう行くわ。また後でなー」
「ごめん悠人、いつも迷惑かけて……。でも無理しなくていいから」
「気にすんなって。まぁ、言うだけ言ってみるよ」
 何度も謝る響に見送られながら、悠人は学校へと向かった。



 ファンクラブの現会長である久我は、悠人の話を聞いて柔らかな笑みを浮かべていた。
「つまり、ファンクラブの人達が柊君に付きまとうのを金輪際やめてほしいってこと?」
 久我がそう言ってことりと首を傾げると、パーマのかかった艶やかなロングの髪の毛がさらりと揺れる。赤みがかった暖かみのある髪色が大人っぽくて綺麗だった。さすが、三年生ともなると雰囲気が段違いだなと悠人はクラスの女子を思い浮かべる。
 悠人の急な申し出に嫌な顔一つすることなく、久我は話し合いに応じてくれた。
 久我には二人ほど連れがいて、それぞれ彼女の両脇に立っている。副会長かもしれないと、悠人は彼女達の名札を見て名前を確認した。久我に、麻生、間宮。こんな用件じゃなかったら絶対テンション上がるのにと、悠人が惜しく思うくらい三人とも見目が良い。正直ちょっとだけ響が羨ましいくらいだ。
 そんな思いを頭の隅に追いやって、悠人は用件を口にした。
「そうです。あんまり言いたくないけど、おかげで響は迷惑してるんだよ。少しはあいつのことも考えてやってくれ。だいたい人の携帯を勝手に覗いて番号を見るとかありえないと思うんですけど」
「そこが気になるんだよね」
「は?」
 久我は顎に手を添えて、神妙な顔付きをしている。
「樋口君は、どうしてファンクラブの子達が携帯を覗いたなんて決めつけるの? 柊君と番号を交換した人がいて、その人から番号を教えて貰っただけかもしれないでしょ? 携帯を勝手に覗き見たなんて、さすがにちょっと人聞き悪いと思うんだけど。ねぇ?」
 久我は同意を求めるように、両脇にいた二人を見やる。彼女らも「その通り」と言わんばかりに首を縦に振った。この三人には常識というものが欠けているのだろうか、それとも自分がおかしいのか、違和感を拭いきれないまま悠人は口を尖らせる。
「俺は本人の許可なしに、第三者に番号を勝手に教えること自体もどうかと思いますけど」
「でも、話を聞くからには別に悪意のある嫌がらせでも無いよね。学校を欠席してた柊君のことを心配して掛けただけなんでしょう? ちょっと過敏になりすぎじゃないかな」
「いやあの……悪意とか関係なしに、知らないヤツから親しげに電話がかかってきたら気持ち悪いでしょ普通」
「気持ち悪い? どうして?」
 悩ましげに眉を寄せて久我は首を傾げる。理解出来ないとでも言うような仕草に悠人は居心地の悪さを感じた。お互いの価値観の違いからくるものかもしれないが、久我には全く悪気というものが感じられず、それに対して注意をするのも気が引けてしまう。
 けれど、今もなお家に籠もって悩んでいる響のことを考えるとそんな悠長なことは言ってられなかった。
「とにかく、これ以上あいつに付きまとうのはやめてください。それが出来ないのならファンクラブを解散してもらいますから」
 悠人がそう言った瞬間、ピシッと空気が張り詰める。
 久我の顔からは先ほどまでの穏やかさが消えていた。
「あなたにそんな権限はない」
 得も言われぬ威圧感を纏ってはっきりと言う久我に、悠人は鳥肌が立った。悠人の動揺が伝わったのだろう、久我は途端に目を細め微笑む。逆光で陰ったその姿はひどく不気味で恐ろしいものに見えた。
「私達からすれば、樋口君の言っていることの方がよっぽど信用出来ない」
「どういう意味ですか」
「私達が迷惑だ。解散して欲しい。そう言うのなら、どうして柊君本人がここへ来ないの? 本来なら当事者である彼が私達の所へ来て話してくれれば済む話なのに」
「それは、あいつは今日体調崩してて、最近眠れてないみたいだし、足も怪我してたし……」
「この間の画鋲……。あんな陰湿なことをするなんて酷いよね。柊君が可哀想」
 足の怪我としか言っていないのになぜそれを知っているのか。悠人はすぐさまそう思ったが愚問かと口を噤んだ。学校内であれだけ響に付きまとっているのだ、怪我を知らないなんてことはないだろう。
 久我は自分の事のように悲しげに表情を曇らせたかと思えば、一切の表情を消して悠人を見やる。
「ねぇまさか、それすら柊君は私達の仕業だって決めつけてるの?」
 悠人は何も言えなかった。悠人が黙っていることをどう捉えたのかは分からないが、久我がぽそりと小さな声で「酷い」と言ったのだけは聞こえた。
「普段から私達には目もくれない、話しもしてくれない。こんな時でさえも自分じゃなくて樋口君をここへ寄越して、そのうえ自分の身の上に起こることは全て私達のせい?」
 響の怪我も私物の紛失も、全てがファンクラブの仕業だと決めつけてるわけではない。周りの人間の響に対する嫌がらせなんて小学生の頃からあったし、かといって四六時中響に付きまとっているこの人達が怪しくないわけもない。
 そもそも疑われるようなことをしているファンクラブ側が悪いのだから、この件に関して響が非難されるのは間違っていると悠人は思った。
「私達はみんな柊君のことが大好きだけど、そんな態度を取られても言いなりになるほどお人好しじゃない。人にものを頼む時にはそれ相応の誠意と見返りがなきゃ話にならないわ」
「勝手にファンクラブなんて作って嫌がってるあいつに付きまとって、ただでさえ迷惑してるってのに、響の要望には見返りを求めるなんて最低なファンクラブもあったもんですね。っていうか、それを聞いたらなおさら響をここへ連れてきたくなくなったんですけど」
 久我の言い振りからして、響を連れてきたところで事態が収束するとは思えなかった。響の要求を呑む見返りと銘打って面倒な制約を受けるに違いないのだ。その様が容易に想像出来てしまうから困る。
「それに、そういうことを言ってるうちは、先輩達が響に好かれることはないと思います」
 怒らせるのを覚悟で悠人がそう言えば、久我はせせら笑った。
「じゃあ樋口君は好かれているとでも言うの?」
「さぁ。少なくとも先輩よりは好かれてると思いたいですけど」
 長い付き合いだが、未だに響が何を考えているのか分からない時がある。一人にするには危なっかしくて放っておけないからという理由で傍にいるものの、響にとって自分が必要な存在なのかどうかは悠人には分からない。それなりに信頼されているとは思うが、ただそれだけだ。
 『好かれている』という意味でなら、もっとしっくりくる人物を悠人は一人だけ知っていた。
 響が今も変わらず想い続ける女の子。もっとも、今ここで名前を出しても余計に話がこじれるだけなので言わないが。
 つかの間の沈黙の後、久我は空き教室の時計を見上げた。つられて悠人も見上げると、もう随分と時間が経ってしまっていた。五限目が始まるまであと十分ほどしかない。
「ごめんね。こんなに時間をとっちゃって……」
「いえ……ここへ来てもらったのは俺の方だし、すみません色々と」
「樋口君の言いたいことはよく分かったわ。でも残念だけど、ここに柊君本人が来ない限り認められません。彼も交えてもう一度じっくり話し合わない? 本人の口から話を聞いた方が現状も把握しやすいし、お互いのためにもその方がいいと思う。柊君にはそう伝えておいてくれる?」
 そう言って久我は柔らかく微笑んだ。
 これ以上は何を言っても無駄のような気がして悠人は口を閉ざし、そのまま教室へ戻ろうと身を翻す。意気込んだ割には大した進展もなく、響に対して申し訳ない気持ちが募った。
「そういえば、樋口君は部活動は何に所属してるの?」
 唐突に、久我から全く関係のない話題を振られ、悠人は思わず振り返ってしまった。視線の先にいる久我は相変わらず真意の読めない笑みを浮かべていた。
「俺ですか? サッカー部ですけど……」
「そう、サッカー部。今が一番大事な時期だね。怪我に気をつけて頑張ってね」
 最後の言葉が妙に引っかかったが、深く考えることもなく適当に返事をして悠人はその場を後にした。
 まさかこの日の帰りに闇討ちに遭うなんて、一体誰が想像しただろう。



『怪我に気をつけて頑張ってね』
 久我のあの言葉には一体どんな意味が隠されていたのだろう。何の意図もないただのエールか、それとも作為的な何かか。
 久我の言葉と笑顔が頭の中に焼き付いたまま、悠人は薬品の臭いが漂う病院のベッドに横たわっていた。
 悠人は昨晩、部活の帰りに複数名から突然暴行され怪我を負い、意識を失っていたところを近隣の人達に見つけられ病院へ搬送された。
 覚えている限りでは相手は四人。サングラスにマスク、帽子、黒い服。計画的な犯行だということが十分に分かる完璧な変装だった。四人とも長身かつ体付きはがっちりとしていて、そこから察するに間違いなく男だろう。歳までは分からないが、悠人の抵抗を完全に抑え込むような軽い身のこなしから、結構若いような印象を受けた。
 響が病院へ駆けつけてきたのは悠人が入院したその日のことだった。
 響は顔面蒼白で今にも泣き出しそうな顔をしていた。とても心配をかけてしまったのだと、悠人は申し訳ない気持ちになる。
「大した怪我じゃないからそんなシケた顔すんなって、せっかくの美形が台無しじゃねーか」
 出来るだけ安心させてやりたくて悠人は笑ってみせた。
 だがそれは響の不安を無駄に煽っただけに終わったようだった。
 響は目を伏せ俯き、悠人に謝った。何度も何度も。「ごめん」「俺のせいだ」と、自身を責め立てるその姿は悠人の中である程度予測出来ていたが、こうして目の当たりにするといたたまれない。
「なんで謝るんだよ」
 尋ねても響は何も言わずに俯いたままだった。
「つーか、なんで俺がここにいるって分かった?」
 学校を休んでいるはずの響には、悠人が怪我して入院したなんて情報は耳に入らないはずだった。訝しんだ悠人が聞くと、響はズボンのポケットからくしゃくしゃになった一枚の封筒を取り出した。
「手紙?」
「玄関のドアに挟まってた」
「マジか。セキュリティどうなってんだ」
 響は前に住んでいたアパートでさんざん痛い目を見ていた。だからこそ変質者防止としてセキュリティが万全なマンションへ引っ越したのだ。にも関わらずこれでは一体何のために響が引っ越したのか分からない。
 悠人は溜息をついて、封筒の中に入っていた紙を一枚取り出す。四つ折りされたB5サイズのコピー用紙には、パソコンで打たれたらしい文字が規則正しく並んでいた。
『樋口悠人はお前のせいで大怪我を負って入院した。もちろん明日は学校来るよね』
 たった一行。
 だが得も言われぬ恐ろしさがその文面にはあった。
「ふざけやがって」
 悠人は怒りに震える手でグシャリと紙を握り潰した。
 悠人を闇討ちした犯人とこの手紙を響へ送った人物が同一とは限らない。けれど久我の言葉といい、全てが偶然だとは悠人には思えなかった。響だってきっとこの手紙で勘付いてるだろう。
 一昨日、悠人が響のことでファンクラブに噛み付いたことが今回の発端なのだと。
 そして同時に気付いたのは、ファンクラブの中には響に対して歪んだ想いを持った危ない輩がいるということだ。
「響、あんまり思い詰めるな。お前は何も悪くないんだから」
 響は首を横に振って悠人の言葉を否定する。
 悠人が何を言っても響は納得せず自分を責め続けた。悠人がどれだけ笑ってみせても響の顔は沈んだままだった。
 しまいには「お前のせいじゃねぇ」と悠人の方がキレてしまったくらいである。
「とにかく、マジでお前のせいじゃないから。この話はもうおしまい!」
 話に無理矢理ピリオドを打って、悠人は別の話題を振ってその場を誤魔化した。
 思えば、これがいけなかったのかもしれない。後に悠人は思うことになる。
 この時もう少し悠人が親身になって響と話し合っていれば、響の思いを汲み取ってあげていたら、響はあんなことをしなかったのかもしれない。
 響がどんな気持ちで悠人の前にいたのか、どれほど思い詰めていたのか。そして、どれだけ響が悠人のことを大事に思っていたのか。
 悠人は完全に軽視していた。
 それから悠人が退院するまでの二週間、響は悠人の前には一切姿を現さなかった。



 悠人の怪我の経過は順調で、ほぼ予定通りに無事に退院することが出来た。
 とはいえど、まだリハビリなどで病院に通わなければならないが、とりあえずは学校に復帰しても良いと主治医の先生から許可が出たのだ。
「悠人! お前怪我はもう大丈夫なのか!?」
 通学途中に、同じ部活仲間でクラスメイトの嘉村から呼び止められて悠人は振り返った。久しぶりに見る友人の顔に気分が高揚していく。
「もう大分治ったし、部活にも今日から顔出すから」
「今日からもう? 早くね?」
「みんなと一緒に練習はまだ無理だけど、筋トレとかストレッチくらいは出来るからさ。早くサッカーしてぇよ」
「今回のはマジ災難だったなー。でも足が無事だったのは不幸中の幸いっつーか……ほんと良かったな」
 肩をポンッと叩いて笑みを見せる嘉村だったが、その言葉にドキリとして悠人はぎこちなく笑い返すことしか出来なかった。
 足が無事だったのは偶然だろうか。つい、そんなことを思ってしまったのだ。
 もしこれが偶然なのではなく故意であったものなら。『ファンクラブに口出しするな』という久我からの警告なのだとしたら。
 つい深く考えてしまっている自分がいて、悠人は頭の中の霧を振り払った。
(やめよう、こんなことを今考えたってしょうがない)
「最近この辺も物騒だよなぁ。悠人だけじゃないんだぜ、闇討ちに遭ったの」
「え?」
「ここ二週間でお前も入れて四人も被害に遭ってるんだ。しかも被害者が全員この学校の生徒でさぁ。警察も結構調べてるらしいんだけど全然手がかりが掴めないんだと」
 今回の件はファンクラブが関わっている可能性が高いと考えていた悠人は面食らった。全ては偶然で、無差別的なものだったとでも言うのだろうか。
 新たに出てきた可能性を前に、悠人は平然を装って嘉村に尋ねた。
「その被害者ってどんなやつら?」
「全員三年。しかも素行の悪い問題児ばっかりだってさ。俺としては、そんな先輩達に大怪我負わせて病院送りにした犯人の方が気になるけどな」
「不謹慎なこと言うなよ」
「だってさーほんとすごいんだって。実際被害に遭ったお前には悪いけど、先輩達なんてもっと酷いらしいから。もー顔も身体もぐちゃぐちゃで見るも無惨な姿とか。一応生きてるけど。悠人を襲ったヤツらとは手口も違うし単独犯って話」
 悠人を襲ったのは複数だった。記憶が正しければ四人いたはずで、単独犯ではなかった。でも闇討ちというのは一緒で時期も近い。
 ガラにもなく頭をフル回転させて事件の関連性を考えていた悠人の目に、少し先を歩く響の後ろ姿が目に入った。病院では携帯が使えなかったため響とは一切連絡がとれず、どうしていたか心配だった。響が学校へ登校していることにひとまず安心した悠人は走って声を掛けた。
「響! おはよ」
 悠人の声に、響はビクリと大げさに肩を揺らした。
 なにもそんなに驚くことないだろうに。呑気にそんなことを思った悠人だったが、響の様子がおかしいことにすぐさま気付く。
「響?」
 響は悠人を見たものの、その目には戸惑いや怯えのような色が滲んでいた。
 また何か嫌なことでもあったのだろうか。尋ねようとした悠人の言葉も待たず、響は何も言わないまま走り去った。いつもだったら控えめに笑んで「おはよう」と返してくるのに、そのあまりに予想外な態度に悠人はショックで唖然としてしまう。
「おいおい、なんだよあれ。感じわる」
 一部始終見ていた嘉村は不快げに呟いて悠人の肩に手を置いた。
「あいつマジで愛想ねぇな。悠人もなんであんなの構うんだよ」
「いや、今のは驚かせた俺が悪いし……あいつ気分悪かったのかも」
 あからさまな拒絶を前にして悠人が苦々しく零すと、嘉村は苦笑しながら「お前って甘いよな」と言った。



 なぜ響から避けられたのか。
 思い当たることと言えば一つだけだった。
 響はまだ気にしているのだ。悠人が怪我をしたのは自分のせいだと、勝手に決めつけて悩んでる。昔から優しすぎるくらい優しいやつだった。大人しくて、穏やかで、素直で純粋。
 それが響の良いところだと悠人はずっと思っていた。
 だからこそ、その裏で響がどれだけの黒い感情を抱いていたのか、考えたことなんて一度も無かった。
 悠人は響を疑ったことなんて、今まで一度も無かった。
「お前、急に人のこと避けたりして感じ悪すぎだぞ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
 昼休みに響のクラスへ行って「話がある」と強引に響を連れ出した悠人は、久我先輩と話した時に使用した空き教室へと足を踏み入れた。特別教室の集うこの校舎は他の校舎と比べて格段に人通りが少なく、会話をあまり聞かれたくない悠人にとっては恰好の場所だった。
「あんなあからさまに避けられると俺も傷付くんですけど」
 朝会った時に避けられ、そのあと休み時間に教室へ顔を出した時にも避けられた。昼休みに行った時なんて悠人を見るなり思い切り逃げようとしたため、ひっ捕まえてここまで連れてきたのだ。全く、手間取らせるやつだ。こんなことで熱くなるのもどうかと悠人は思いもしたが、響の態度が気に入らないのだから仕方ない。
 でも、なぜ響が急に悠人のことを避けだしたのか、その理由には検討が付いていたため叱るつもりはなかった。
「おい。黙ってないでなんとか言ったらどうだ?」
 バラバラに配置された机の一つに腰掛けた悠人は、目の前で立ったまま黙っている響を見やる。悄然とした面持ちの響は固く口を閉ざしたまま、何も言おうとはしなかった。
 時間だけが無情に過ぎていく中、先に折れたのは悠人だった。
「俺の怪我のことまだ気にしてるとか?」
 響の瞳が不安定に揺れる。目は口ほどにものを言うとはまさにこのことだろう。
「一緒にいるとまた同じような事が起こるかもしれないから、だから急に避けだしたんだ?」
「……ごめん」
 響がようやく口を開いたかと思えば、それは聞き飽きるくらい何度も聞かされた謝罪の言葉。悠人は別に謝って欲しいわけではない。ただ響の口から説明してもらいたいだけなのに、やはり響は分かっていないらしい。
「謝ればそれでいいとか思ってんの、お前」
「そんなこと思ってない、けど……」
「けど、何?」
「ごめん……」
 悠人はこれまでにないほど深く溜息を吐いた。その悠人の態度に響がますます萎縮して、これじゃまるで尋問だなと、少し罪悪感が募って悠人は苦し紛れに頭を掻いた。
「だーかーら、謝ってほしいんじゃないっての。じゃあ聞くけどさ、それは何に対する『ごめん』なわけ?」
「……全部」
「全部って……、ああもう、違うんだよ。こんな問い詰めたいワケじゃないんだって。怪我のことはさ、もういいっつったろ。気にするなって。俺はほら、この通り大丈夫だし、っていうかお前のせいじゃねーし。……何回言ったら分かってくれんのかなぁ」
「じゃあ誰のせい?」
 顔を上げてそう言ってきた響の瞳は必死そのもので、なぜだか目を逸らせなかった。それは一瞬にして相手を黙らせてしまうほどの迫力があり、悠人は思わずたじろいてしまう。
「誰のせいっていうか……、お前そういう考え方やめろ。誰かのせいにしたり、仕返しをすればそれで解決すんのか? お前はそれで満足かよ」
 少し強めの口調で言えば、響は戸惑いながらも頷いた。悠人の目つきが鋭くなる。
(こいつ、俺が怒るって分かってるくせに頷きやがった)
 悠人の反応が逐一気になるくせに、自分の意志はよほどのことがない限り曲げない。響は頑固者だ。
「ばかやろう。仕返しとか、そんなこと出来ねぇくせに」
「出来るよ」
 間髪入れずにそう言ってきた響の頭を軽く叩き、悠人は「いい加減にしろ」と声を荒げた。
「やめろ。自分を責めるのも、人のせいにするのもやめろ。そんなこと考えたって良いことなんか何もないし、仕返しなんてもっての他だ。やられたらやり返すなんて、それが正しくないことくらいガキじゃないんだから分かるだろ。俺はそんなお前なんて見たくない」
 悠人がきっぱりとそう言っても響はあまり納得などしていないようで、難しい顔をしていた。
 どうしてこうも分かってくれないのか、悠人は理解に苦しんだ。だって昔、どんなにいじめられてもお前は仕返しなんてしなかったじゃないか。
「悠人は」
「ん?」
「もし俺と悠人の立場が逆だったら……暴行を受けたのが俺だったら、それでも悠人は自分を責めない? 誰かのせいにしない? やり返してやりたいって、思ったりしない?」
 響はまっすぐに悠人を見つめて、子供のように問いかけてきた。
 正直、言葉に詰まる問いかけだった。悠人だってそういう考えが全く無いわけじゃない。いきなり待ち伏せされてボコられて、サッカーがしばらく出来なくなって悔しくないわけがない。
 もし響の問いかけ通り、お互いの立場が逆で怪我をしたのが響だとしたら、悠人は確かに自分を責めたり、響に怪我をさせた犯人を憎んだかもしれない。仕返しだって考えたかもしれない。だけど。
「じゃあお前は、自分を責めたり人のせいにしたり、挙げ句の果てには仕返しなんて考える俺を見たいのかよ」
 不服そうな顔ばかりしていた響が驚きに目を見開いた。
 ようやく分かってくれたかと悠人がホッと息をついたのも束の間、響は見ているこっちが辛くなるほど悲しげな顔をして俯いてしまう。
 まずい。ちょっと色々言い過ぎたかと、焦った悠人は慌てて響の顔を覗き込んだ。
「響?」
「……ごめん。悠人の言うことがあんまり正しいから、ちょっと自分が虚しくなっただけ」
「別にそんな、正しいってわけじゃねぇけど……」
 自分なりの考えを言っただけで、正しいという自信はない。なんだかむず痒い気分になって悠人が頭を掻くと、響は小さく笑っていた。
 でもその微笑みはどこかぎこちなくて寂しそうだ。
「響」
「俺のクラス次の時間移動教室だから、もう戻るよ」
 口調こそ穏やかなそれだが、響は悠人の返事も待たずに逃げるようにして教室を出て行ってしまった。人通りの少ない廊下を、響の走る足音だけが寂しく響いている。
 なんだろう、別に怒らせてしまったわけでもないのに、どうも釈然としない別れ方に悠人は心中がモヤモヤするのが分かった。
「あんまり虐めないでやってね。柊君はただ、樋口君のことが大事なだけなんだから」
 立ち尽くしていた悠人に向けて、どこからともなく第三者の声が上がった。
 さも楽しげな口調で言ってくるその声は聞き覚えのあるもので、悠人はすぐさま声のした方向へと顔を向けた。
「……久我先輩」
 響が出て行った方とは別のドアから入ってきた久我は、悠人を見つめたままクスリと妖しげな笑みを浮かべた。
「退院おめでとう。怪我も大分治ってるみたいで安心したわ」
「どうも……」
 入ってくるなりそう言ってきた久我に、内心「白々しいな」と思いながら悠人は上辺だけの笑みを貼り付ける。
 闇討ちの件はこの人達の仕業なんじゃないかと疑っている部分もあり、それを考えるとこうして久我と二人きりというのは少し危険のような気がした。女だからと侮れない何かが久我にはあった。
 そんな悠人の警戒心が伝わったのか、久我は更にクスクスと小さく笑う。
「大丈夫。何も企んでないから」
「ボコられた後だからあんまり信用出来ないですけどね」
「あれ、もしかして私のこと疑ってる?」
 あっけらかんとした様子で言ってくるものだから、悠人はつい顔をしかめてしまった。疑っているのは確かだが、こうもケロリとした態度をとられると少し苛立ってしまう。
 どう言ったものかと悠人が言葉を探していると、久我は勝手に話し出した。
「私ね、今週末に転校することになったんだ」
「は?」
 なんの脈絡もなく告げられた言葉に、悠人は文字通り目が点になった。唐突すぎるというのもあるが、久我の転校なんて悠人にはあまりにも関係のない事柄だ。
 悠人の反応など気にすることなく、久我は友人に話すかのような口ぶりで続ける。
「ちょっとおいたが過ぎたみたいでさ、叱られて釘刺されちゃった。でも不公平だと思わない? あなたが傍にいることは許されるのに、どうして私は許されないんだろ」
 先ほどから全く話が見えてこない久我の言葉に、悠人の頭を疑問符ばかりが浮かぶ。
 話の大本が分からず戸惑っている悠人を愉快そうに見つめながら、久我は机に軽く腰を下ろした。
「その顔、樋口君って本当に何も知らないんだね。怒ることはあっても憎しみを抱くことがないから汚れることを知らない。裏表が無くて真っ白で、口から出るのは正論や綺麗事ばっかり」
「さっきから何が言いたいんですか」
 どこか棘を感じる久我の言葉に気が立って言い返すと、彼女は無邪気に笑んだ。
「総括すると、あなたのことが大嫌い、ってこと。生まれてこの方己の手を汚すことなく、何一つ不自由なく生きてきたって感じで不愉快だから。見ててイライラするんだよね、樋口君って。だから、そんなあなたが柊君の傍にいることがずっと許せなかった」
 穏やかな表情とはうってかわって、放たれた言葉は酷く辛辣だ。
 人からここまでハッキリと拒絶されたのは初めての経験で、だからこそ悠人は怒るよりもまず驚いた。悠人は最近になって初めて久我のことを知って、言葉を交わしたばかりだというのに、どうやら彼女は以前から悠人のことを知っていたようだった。
「だから樋口君から『先輩達が響に好かれることはない』って言われた時はむかついたなぁ。年下の、しかも男にそんなこと言われるなんて思わなかったから。それも大嫌いなあなたから」
「そんなに俺のことが嫌いだったんなら、こないだ話した時にぶん殴るなり引っぱたくなりすれば良かったんだ。今回みたいにタチの悪いやり方しないでさ。第一、自分の手を汚してないのは先輩の方だろ。俺の後にも何人か被害に遭った人達がいるみたいだけど、それもどうせ先輩達の仕業なんですよね。そういうの、人として最低だと思うんだけど」
 皮肉を込めて言ったつもりだった。
 けれど久我が怒ることはなかった。それどころか、彼女の口元の笑みは一層濃いものへと変わる。
「やだ、何も知らないって本当にかわいそう! 知ってたらそんなこと絶対に言えないもん」
 堪えきれない、そう言うように久我はケタケタと笑う。
 話の見えなさと相まって、その馬鹿にするような笑いはことさら悠人の怒りを煽った。
 久我はつかつかと悠人へ歩み寄っていくと、目の前で立ち止まり、「ねぇ」と艶やかな唇を動かした。
「樋口君が怪我で入院した後、柊君があなたのために何をしたか教えてあげようか?」
「響が……?」
「彼ね、私と寝たの」
 ガツンと鈍器で殴られたような衝撃が体中を走り、悠人は目を見開いた。
 三日月のように目を細めて笑う久我の、その口から零れた言葉が信じられなかった。否、信じたくなかった。
 響が。あの響が、久我と寝ただなんて。
 悠人の反応を見て久我は満足したようにフッと笑い、離れていく。
「『悠人を闇討ちした人達を教えて』って、私を呼び出してそう言ってきたの。だから交換条件を出したのよ。『教えて欲しかったら私と寝て』って。柊君ね、驚く程あっさりOKしてくれたよ」
「……んなの嘘だ……」
「可愛かったなぁ柊君。肌なんてすごく白くて綺麗な身体で」
「やめろ!! 響は……、あいつは、そんなヤツじゃない!」
 振り絞るように声を吐き出しても、久我は滑稽そうに笑うだけだ。
「私の条件を呑んでくれただけでもビックリだったのに、次の日から樋口君に怪我を負わせた人達が一人ずつ闇討ちされて病院沙汰になって。どうしても気になったから柊君とまた会った時に聞いたの。『あなたがやったの?』って。そしたら彼、なんて言ったと思う?」
 ドクンドクンと、気味が悪いほど心臓の音が聞こえてくる。
 その先の言葉は聞きたくないと、悠人の中の全ての細胞が拒んでいる。
 だって、それを聞いてしまえばなにかが変わってしまうような、今までのままじゃいられなくなるような気がする。
 けれど、そんな悠人の意志を無視するように久我の唇は止まらない。
「柊君ね、こう言ったの。『本当は殺してやりたかった』って」
 紡がれた言葉に悠人は目を見張る。
 何も信じられなくなりそうなほど、久我の言葉は悠人には信じがたいものだった。もしかしなくてもこれは悠人を動揺させるための心理的な攻撃で、作り話かもしれない。本当は響は久我の言っているようなことなど何一つしていないのかもしれない。
 むしろ、そうであってほしいと心の中で願っていた。
 悠人の反応があまりに予想通りで面白いのか、久我は満足げに顔を綻ばせる。
「嘘だと思いたい? でも残念だけど全部本当。柊君はね、あなたを闇討ちした犯人を知るために主犯である私と寝て、闇討ちしたメンバーを一人ずつ手酷く痛めつけて病院送りにした。柊君はあなたのためなら自分の手を汚すことなんて平気で出来る子なんだよ」
「違う!」
 そんなのは悠人が知っている響じゃない。今まで傍にいた、優しくて穏やかで純粋な幼馴染の姿とはほど遠く、これが響の本質なんだと言われてもそう簡単には受け入れられない。
 どこまでが本当で嘘なのか、なにも分からないまま悠人はもどかしさにギュッと拳を握りしめた。
「俺は……、あいつの口から聞くまで信じませんから」
 久我はどうでもいいことのように「どうぞ勝手に」と笑んだ。どこまでも余裕のあるその態度が、言ったことはすべて真実なのだと物語っているようで不快だった。
「でもこれでよく分かったでしょ。正論を振りかざして綺麗事を並べたところで、そんなのは所詮自己満足。言われた方には何の役にも立たない。綺麗事では何も救えない。ただ残酷なだけ」
 久我の言葉は無数の針のように鋭く、悠人の胸の深い場所に突き刺さった。
「あなたの言葉は柊君には絶対に届かない」



 辺りはすっかり真っ暗になり、腕に付けていた時計も20時を指そうとしていた。
 悠人は響のマンションの前で立ったまま、中へ入ることもせず、ずっと一人で考えていた。
『本当は殺してやりたかった』
 そんなことを響が言うなんて悠人には信じられなかった。
 悠人を暴行した犯人を聞き出すために主犯である久我と寝て、闇討ちのメンバーである三年の先輩達をことごとく襲い痛めつけ病院送りにしただなんて、冗談にしては悪質すぎる。
 でも、そんなものはさらりと聞き流してしまいたかったのにあの時の悠人には出来なかった。鵜呑みにしてはいけないことなど分かっているのに、久我の言葉が頭から離れない。頭では分かっていても心のどこかで響のことを疑ってしまっている自分がいるのだ。
 一度芽生えた猜疑心はそう簡単には払拭出来ず、些細なことで膨れ上がっていく。言い様のない不安と焦りを振り切るように、悠人はもう一度響と話をしようと思った。
 全てはアイツの口から聞けばいい、そうすればはっきりするはずだと自分に言い聞かせながら。
 それからどれくらいの時間が経っただろうか。
 響がマンションから姿を現した。見慣れない黒のジャージに身を包んでいて、思った以上に軽装だった。顔を隠すようなこともしていない。これから軽くジョギングでもするのだろうかと思ってしまうような格好だが、醸し出す雰囲気がその全てを否定していた。
 響も悠人の存在にはすぐに気がついて、ピタリと足を止める。
「悠人……」
「よう。こんな時間に運動か?」
 へらっと笑みを繕って近づいても、響は何も言わずにその場に佇むだけだ。
 悠人は平静さを装いながら響をまじまじと見たが、武装という程のものは見当たらない。だが、ふいに響の手に目が留まってその手をゆっくりと掴み上げた。
 男の手にしては華奢な細い指だ。そして、その指に鈍く光る無数の豪奢な指輪。
「ナックルダスターの代わりってか……随分と物騒なもの付けてんじゃないの」
 普段はあまり身につけていないが、響がシルバーアクセサリーを好んで集めていることは知っていた。それらを見ていると嫌な考えが脳裏を過ぎって、悠人は皮肉に笑う。
「お前とは長い付き合いだからなんでも知ってるつもりになってたけど、何? お前がそんなに喧嘩強いなんて俺初めて知ったんだけど」
 悠人の思い出の中の響はいつだって、弱くて優しい存在だった。
「そんな強いくせに今までよく黙っていじめられてたよな。能ある鷹は爪隠すっていうけど、あれってマジなんだなー。ハハッ、すげーよお前……」
 響は何を思ってか、ギュッと痛そうなほど手を強く握りしめる。俯き気味な顔はどこか冴えないもので、これから言われるであろうことを予期しているかのようにも思えた。
「……なぁ響、お前って昔から嘘を吐かないやつだったよな」
 ついでに言うと、優しくて穏やかで、人を傷つけたりなんて絶対にしないやつだと悠人は思っていた。
 久我から聞いたことは全て、嘘であってほしかった。
「だから単刀直入に聞くけど、ここ最近の闇討ちは……お前の仕業か?」
 響は昔から嘘は吐かない。違う時ははっきりと否定する。だからこそこの沈黙が何を意味しているのか、悠人には手に取るように分かった。
「俺のためにそんなことをしてるんだったら今すぐやめろ」
「嫌だ」
「お前のはやりすぎだ」
「嫌だ!!」
 思い切り声を張り上げ怒鳴られて、悠人は言葉を失った。
 響がここまで怒りを露わにして反抗するなんて初めてのことで、驚きとショックを隠せない。
「お前、昼間ので分かってくれたんじゃなかったのかよ……」
「分かったよ。悠人がどれだけ優しくて、正しいのかは。だから余計にあいつらが許せなかった。俺は悠人みたいに甘くは考えられない。自分が間違ってるって、悠人が怒るって、分かってても自分が納得出来るのならそれでいい」
 重いくらいにはっきりとした意志を持つ言葉だった。それだけに悠人の頭を悩ませる。響が悠人のことを思ってくれたこと自体は素直に嬉しいと思う。けど、ものごとには限度というものがある。
 それにもう一つ、悠人は響に対して許せないことがあった。
「お前さ、俺をボコッたやつらを突き止めるために久我先輩と何した?」
「別になにも」
 響の淡々とした口調に苛立って、思わず鼻で笑ってしまう。
「……ああそう。犯人を突き止めるために久我先輩と寝たことは、お前にとって全然大したことじゃないんだな。さすが、モテるやつは言うことが違うね」
「身体の繋がりに大した意味なんてない」
 迷い無くそんなことを言ってくる幼馴染の姿はどこか可哀想に見えていたたまれない。
「お前の口からそんな言葉は聞きたくなかったよ」
「……ごめん」
「謝るくらいなら、頼むからこんなことはもうやめろ」
 落ち着かせようと穏やかな声色で訴えたものの、響は首を横に振り拒否する。
『あなたの言葉は柊君には絶対に届かない』
 久我の言葉が頭の中でループする。彼女はケラケラと悠人を嘲笑う。
(うるせぇ!)
 悠人は歯を食いしばった。どう言えば分かってもらえるのか、上手い言葉が見つからずに視線を落とした悠人の目に、響の指で鈍く光っている指輪が目に入った。
 細い指には不似合いなほどの、大ぶりなシルバーリング。どれも響が大事にしていたものだ。
 収集癖のある響は、新しい指輪やピアス、ネックレスを買っては幸せそうに眺めていた。シルバーアクセのマガジンも毎月買って読んでいるほどの熱の入れようだ。専用の大きな収納ボックスなんて、どこのセレブだと言いたくなるくらいすごい。こまめに手入れをしないとすぐに色が変わってしまうのだと、部屋に遊びに行った時に手入れを手伝わされたことも多々ある。そのお礼として炭料理を振る舞われて、悠人が「食えるか!」と怒ってテーブルをひっくり返したのは今となっては良い思い出である。
 中性的で華奢な見た目に反して、響は格好いいものが好きだ。いつも控えめで大人しい響が、趣味のことになると少しだけ饒舌になるのが悠人は好きだった。
 そうだ。そんな大切なものを血で汚せるほど、響は怒りが抑えられなかったんだ。それを思うと悠人は胸が痛くなる。
「そんなごっつい指輪を付けた手で殴られたらさぞかし痛いんだろうな」
 なんとはなしに悠人が言えば、響も自身の指へ視線を落とす。
「あいつら武器隠し持ってるからそれに対抗しただけ。殴ったとき泣いてたから、それなりに痛いんだと思う」
「泣いてた?」
 コクリと、響はまるで他人事のように抑揚のない口調で話す。
「一生懸命俺に向かって泣きながら謝ってくるんだ。謝る相手が違うだろって言っても、分かってないみたいで土下座して何度も何度も謝ってた。あの姿、悠人にも見せてやりたかった」
 んな胸くそ悪いもん見たかねーよ、と心の中で冷静につっこみを入れる。目の前にいる男が、自分の知る幼馴染の姿と重なってくれない。
「人を思いきり痛めつけてる時って、お前はどんな気持ちになるんだ?」
「いい気味だって思う。スッキリする」
「それ、本気で言ってんだったら救えねーな」
「本気じゃなかったらこんなことしてない。死ねばいいんだあんな奴ら……本当は殺してやりたいくらいムカついてた」
「いい加減にしろ!!!」
 響の口から零れる聞きたくもない言葉と、分かってもらえないもどかしさが爆発して悠人は声を張り上げた。
 響を殴ってやりたい気持ちを抑えて塀を叩くと、そこから痺れるような痛みが走る。それにも構わず、悠人はグイッと響の胸ぐらを掴み上げた。
「なんでわかんねーんだよこの馬鹿!! 俺がやめろっつってんだからやめろ!!」
 悠人の怒鳴りに響が驚いたのは一瞬だけだった。
 響はうっすらと笑っていた。この場にはそぐわないほど優しく。
「……ごめん。あと一人で終わるんだ、だから」
「は……?」
「邪魔しないで」
 胸ぐらを掴んでいた悠人の手に響がそっと触れる。そして手首を緩く捕まれたかと思えば、そこからじわじわと伝わる強い力に息を呑んだ。
(っ……!? なんだこいつのこの馬鹿力は! 超痛ぇ!!)
 骨が軋むような音が聞こえて、このまま腕が千切れるんじゃないかと思った。けれどそれに悠人が顔を歪めたのも束の間、響の目がこれ以上無いほど大きく見開かれる。
「痛っ……、あっ、ああああッ!!!」
 突然、響は頭を抱えてその場にしゃがみ込み、悲鳴を上げた。
『……めて、やめて!! 悠人君を傷つけないで! ごめんなさい悠人君、ごめんなさい……!』
 響の頭の中で、誰かが泣きながら叫んでいる。女の子の声だった。
 その声の主と同調するように、キリキリと響の胸の奥が強く締め付けられる。
「え……?」
 悠人は呆然と響を見ていた。
 あまりに突然のことで理解するのに少し時間がかかった。ふいに我に返れば、目の前では響が苦しそうに呻き、頭を押さえて崩れ落ちていた。
「お、おい……響……?」
「……うぅっ……」
 何が起こっているのか分からないが、響が苦しんでいるのだけは確かだった。
 悠人は慌てて響へ寄り添い、支えるように背中へ手を回しても、それは気休めにしかならず響が落ち着く様子はない。響は自分の身体を支える余裕すらないのか、悠人の方へ倒れ込んで額には冷や汗まで掻いている。その尋常じゃない苦しみ方に悠人は焦った。
「響、響!! ヤバイ、早く病院に……!」
 悠人は震える手で携帯を取り出し119番へ掛けようとした。けれどその手を思い切り響に払いのけられ、携帯が地面へと転がる。
 悠人はついカッなって響を睨んだ。
「お前なぁ!」
「……ごめ……っ、大丈夫、だから、……すぐに治まるから……ッ」
「アホか! これのどこが大丈夫なんだよ!」
 どこをどう見たってヤバそうな感じしかしないだろ。響は大丈夫と口では言いながらも、声は震えて切迫しているし苦痛に歪んだ顔は全然大丈夫に見えない。
 でも響は頑なに悠人の手を掴んだまま首を振って、病院は嫌だと拒んだ。
『悠人君を傷つけないで! 代わって、代わってよ!!』
 響の頭の中で響く声は、外へ出ようと内側からガンガンと殴りつけるような痛みを響に味わわせる。
 響には声の主が誰なのかは分からない。けれど、ここで代わってはいけないことだけは確かだった。今はダメだ。今代わってしまったら、悠人を痛めつけた連中に仕返しが出来なくなる。今日で終わるんだ。あと一人で報復が終わる。
 響は必死で頭の中の声の主に抵抗した。
 悠人をリンチした三年の先輩達は、先生達も手を焼くほどの問題児でありクズの塊のような男達だった。人を痛めつけることに罪悪感などないのだと雑魚のくせに粋がって、同じようなことを繰り返していた。
 そんな一人目のターゲットを前にした時、響は喜びを感じて笑ってしまった。
 そうだ、これぐらいクズじゃないと痛めつけがいがない、と。
 ひとしきりいたぶった後、「俺も先輩と一緒でね、人を痛めつけることに罪悪感はないんだ」と、響が同じ台詞を返した時の、男の青ざめ絶望した顔ときたら、たまらなかった。
 目には目を、歯には歯を。響の好きな言葉だ。人の痛みを知らない者には、同等の痛みを与えなければならない。
『だめ!! もうこれ以上勝手なことをしないで!!』
 それなのに、頭の中の声が響の邪魔をする。
「うるさい……っ」
 響は呼吸を荒げながら声の主に言い返す。
「おい、響?」
 響の様子はまるで悪夢にうなされているかのようだ。そして、譫言のようにブツブツと言葉を呟いている。響の口からは「うるさい」「邪魔するな」「どこかに行け」「出てくるな」と、不穏な言葉が飛び交っていた。痛みに苦しみながらも途切れ途切れに紡がれるそれは、誰宛のものなのか悠人には分からない。
「……響?」
「邪魔するな、うるさいうるさい……うるさい……」
「お、おい……」
「っ……うるさい出てくるな!!!」
「!?」
 響の悲鳴にも似た叫びに圧倒され、ビクリと悠人の身体が驚きに揺れた。
 響のそれが、誰に対しての言葉なのか悠人には分からなかった。悠人は何も言えず、ただ響の身体を支えたまま唖然としていた。ドクンドクンと、心臓の音がやけに大きく聞こえる。言い様のない不安と焦りが波のように押し寄せてくる。
 悠人にはもうなにがなんだか分からなかった。
 だがその叫びを機に、ほどなくして痛みは治まってきたのか響の様子は先ほどよりも大分落ち着いていた。
「……響、大丈夫か?」
 頭を軽く押さえ、俯いたまま荒く呼吸を繰り返す響へ悠人がおそるおそる尋ねると、響は静かにコクリと頷いた。先ほどよりも大分落ち着いた様子に悠人はホッとして、今日はこのまま部屋で休ませようと響の腕を掴んで立ち上がる。
「とりあえず部屋に戻ろうぜ。立てるか?」
 促したが返事はなく、響はぐったりと地面に座り込んだまま立とうとしない。力の全く入っていない細腕は少し力を加えれば折れてしまいそうなほど頼りなかった。
 悠人は再びその場へ屈み、憔悴した響の様子を伺う。
「響?」
 そこでようやく悠人は異変に気がついた。響の肩が僅かに震えていたのだ。それと同時に聞こえてきたのは、響の口から不安定に零れる小さな嗚咽だった。
 まさかと思い悠人が顔を覗き込むと、響はポロポロと涙を零して泣いていた。それを見て悠人は一瞬言葉を失った。
「な、んだよ……そんなに頭が痛かったのか……? おいおい、泣くなって……」
 泣いている響を見るのなんて久しぶりだったせいか、あまりにも見慣れない光景に悠人はまごついた。
 必死で声を押し殺して泣いている響が、自分の知っている響には見えなかった。まるで別人のようだと悠人は思う。今の響は子供のように小さくて、か弱い存在に見えた。
 そうしてしばらく肩を震わせながら泣いていた響は、よろりと悠人へ凭れ掛かかるように倒れ、そのまま気を失ってしまった。
「おい!? 響!?」 
 焦った悠人は声を掛けるが、響の意識が戻る様子はない。
 響の身に一体何が起こっているのか、悠人にはさっぱり分からない。ただ、このまま放っておくことは出来ず、目元を涙で濡らしたまま意識を失くした幼馴染を抱き上げて、悠人はマンションへと戻ることにした。
 響の着ているジャージのポケットからカードキーを取り出し、カードリーダーへかざして中へと入る。端から見ると怪しいことこの上ない光景だが、今はそんな悠長なことも言っていられない。後でなにかあった時に響がフォローしてくれることを祈りながら、悠人はずんずんと歩を進める。
 そうやってなんなく部屋まで入った悠人は響をベッドへ下ろして布団をかけた。
 先ほどは頭を押さえて尋常じゃないほど苦しんでいたけれど、今はそのような様子もなく響は落ち着いて眠っていた。
 さっきのは一体なんだったのか。何一つ分からないまま悠人はペタリとフローリングにあぐらをかいた。このまま家に帰ろうという気には全くならなかった。
「なんだってんだよ……」
 ついさっきの出来事がまるで嘘のように、今は静寂に包まれている。
 響の長い睫毛にかかった涙の粒をぼんやりと眺めていた悠人は、そっと響の額に手の平を当てた。熱があるわけではないようで少し安心する。しかし、本当に病院には行かなくていいのだろうかと悠人は心配で仕方ない。
 あの響の様子は、どう見ても病院案件のような気がしてならない。
「『うるさい出てくるな』って、お前、誰に言ってたんだ……?」
 悠人はボソッと呟くように聞くが、静かな一室からはなんの返事もない。
「お前の身に一体何が起こってんだよ……俺バカだからわかんねーよ」
 分からないこと、考えるべきことが多すぎてムシャクシャする。けれど大人しく眠っている響を見ていたら気が緩んだのか、じわじわと睡魔が襲ってきて悠人はそのままベッドの脇で眠ってしまった。



「……なさい……ごめ、なさ……っ……」
 聞いているこっちが辛くなるくらいに胸が締め付けられる泣き声。
 女の子が誰かに向かって何度も何度も謝る声が悠人の耳に入った。半覚醒的な頭の中でも、その女の子の声だけはやけに鮮明に聞こえてくる。
 目を開けたいのに、瞼が重くてままならない。悠人は優しい微睡みの中にいた。
「……ごめんなさい……」
 ぽたりと生暖かい水のようなものが悠人の頬に落ちた。その感覚すらとてもリアルで、夢と現実の境界が分からない。
「悠人君ごめんなさい。あなたを傷つけることしか出来ない私で、ごめんなさい」
 女の子は悠人に向かって謝っているようだった。
 目を開けて応えてあげたいけれど、ふわふわとした心地良い意識の中にいて身体に力が入らない。そのままぼんやりとした意識の中にとらわれていると、ふいに唇に温かくて柔らかな何かが当たった気がした。
「それでも、どうしようもないくらい悠人君のことが好きなの……」
 その彼女の切なくもいじらしい告白は痛いくらいに悠人の心に響いて、胸の奥底を締め付けた。それは生まれて初めて感じる胸のざわめきだった。
 なぁ、もう謝らなくていいよ。だからそんなに泣かないでくれ。
 もしこれが夢じゃなくて現実だったら、手を伸ばして抱きしめてあげられるのに。